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宛名
改訂版です。
「名前間違い」ばっかりのVita's Bitter Valentine。




『バレンタインデーとは大切な人に贈り物をする日である』
 フェイトは彼女の兄であるクロノからこう教わった。
 なんでも、彼曰く渡す相手は異性でなくてもいいとか。
「去年、エイミィからは『男の子にしか渡しちゃいけない』って教わったような気もするけど……」
 フェイトはチョコを作る用意をしながら、ひとり苦笑した。

 本日、二月十二日。
 フェイトは明日の本番のために、チョコを作る練習をしていた――――




  Vita's Bitter Valentine
   「『シ』のつくあの人」




「よし、あとは文字を書いて完成、かな?」
 フェイトは出来あがったチョコを眺める。
 練習で作ったチョコは六個。
 それぞれに生クリームで渡す人の名前を描いていく。
「To Nanoha……、To Suzuka……」
 大切な人の名前を、丁寧に描いていく。

 ……フェイトという女の子をあまり知らない人は彼女にこう言いたくなるかもしれない。
 練習ならそこまできちんとする必要はないだろう、と。

 しかし、フェイトは言い返すだろう。
『やっぱり、大切な人にはちゃんとしたものをあげたいからです。それに、本番と一緒じゃなきゃ練習の意味が、あんまり』、と。

「To Hayate……、To Arisa……っ、くしゅん」
 アリサの名前を書き終わったところでくしゃみをした。

 ……なんか今ので生クリームが飛んだような気がするけど、気のせいだよね?
 ちょっと不安になりつつ、アリサのチョコレートを確認する。
「あ、あはは……、ごめん、アリサ」
 別にこれを本人に渡すわけではないから、謝る必要はなかったのだが。
「ちょっと、これは酷いよね」
 少し前まであった名前しか書かれていなかったチョコレートが、前衛芸術に変わっていた。
 これ練習で良かった、とフェイトは本気で安心した。アリサにこんなものを見られたら何を言われるかわからない。
「で、でも、名前の部分はかろうじて読めるし……」
 芸術だと言い張れば受け取ってくれそう、そう続けようとした。
 しかし、”Arisa”の文字には、生クリームが飛んだのだろう、上から白い縦棒が一本引かれていた。
 それを見て、フェイトは言葉を詰まらせて――

「……っ!」

 ――チョコレートを置いて、台所から自分の部屋に走り去ってしまった。




「う〜ん、このチョコの匂いはなんだと思う? シグナム」
「なんだもないだろう。チョコレートはチョコレートだ」
 数分後、ハラオウン家のダイニングにはシグナムとシャマルの姿があった。
 二人は本日の仕事を終え、ここの転送ポートを使い海鳴町に帰ってきたところだった。
「それにしてもだ、他人の家の台所を覗くなど――」
「あっ! これ、バレンタインチョコレートじゃないっ?」
 シャマルはシグナムの注意を華麗に無視して、台所の一角に置かれたチョコレートを発見する。
「なのはちゃん、すずかちゃん、はやてちゃん……」
 そこまでチョコに描かれた宛名を読んで、シャマルは動きを止まる。
「どうした? シャマル」
「ねえ、これって、まさか……」
 台所を覗きこんだシグナムの目に、芸術的な模様が施されたチョコが目に入る。
 一瞬どこに目をやればいいのかわからなかったが、中央の宛名に気がついた。


『To Arisia』




 確かに、そこにはアリシアと描いてあった。




 一時間後。

「なんや? シグナム、今日はなんかあったんか?」
 八神家の夕飯の席ではやては口を開いた。
「い、いえ。特に何も」
 答えるシグナムの様子を見てはやては諭す。
「嘘はいかんよ。それに今日はご飯が進んでないみたいやん」
 どうにか落ち込んでいる理由を聞こうとした時、念話が届いた。
(はやてちゃん)
(……シャマル?)
 はやてはシグナムを見つめたまま問いかけた。
(シャマルは知ってるんか? シグナムが落ち込んでるわけ)
(知ってはいますが)
 シャマルは箸でご飯を口に運びながら続ける。
(今日のうちは、シグナムをそっとしておいてあげてください)
(シャマルがそう言うならええけど)
(今のシグナムは少し考え事をしているだけです。ご心配なく)
(ん……、ならええよ)
 はやては少し不思議に思いながらもご飯を再開した。
(シャマル……、すまない)
(こういう時はお互い様でしょ?)
(恩に着る)
 シャマルはシグナムにウインクを送った。






「ふう」
 深夜十二時。シグナムはひとり庭に立っていた。
 夜風が冷たい。
「シグナム。はやてちゃん寝たみたいよ」
 シャマルがガラス戸を開け外のシグナムに告げる。
「そうか……今日は色々すまないな、シャマル」
「ううん」
 それだけ言うとシャマルも庭に出た。
「なんだ、風邪引くぞ」
「まったく……一時間前からここに立ってる人に言われたくないんだけど」
 シャマルは咎めるような口調で言った。
「まだ、考えてるの?」
「ああ――」
 シグナムは夜空を仰いだ。
 わたし(・・・)もつられて空を見上げる。
 月が綺麗だった。
「シャマル、私はテスタロッサに――――何か、してやれることはないのだろうか?」
 シグナムは去年、フェイトから伝えられたこと……彼女が夢の中でアリシアと出会ったことを思い出しながら呟いた。
「それは私に聞くことじゃないんじゃない?」
 シャマルも夜空を仰ぐ。
「私はアリシアちゃんのことは直接聞いたわけじゃないし、なにより――」

「シグナムがテスタロッサちゃんのことを大切に思うなら、シグナムが考えなくちゃいけない」
「ああ、それはわかってる。わかってるが」
 シグナムは辛そうに唇を噛んだ。
「慰めの言葉ひとつ思い浮かばん……。私は、私は何をすれば……」
 シャマルは視線を地面に落とす。
「多分、多分だけど」
「……」
「テスタロッサちゃんがアリシアちゃんとお別れしたことは……私達がリインフォースと別れたことと似てると思うの」
 シャマルはゆっくりと続ける。
「だから、テスタロッサちゃんがあのとき私達にしてくれたことを、今度はシグナムがしてあげればいいんじゃない?」
「ずいぶん遠まわしな言い方だな」
 シグナムは視線を夜空から隣のシャマルに移す。
「それはつまり、何もしないほうがいいと?」
「そういうこと。目に見えない優しさっていうのもあると私は思うけど」

「そっとしておく、か」
 シグナムがそう呟くと、八神家の屋根の一点――――わたし(・・・)が居る場所を見つめてきた。
「そこにいるんだろう? テスタロッサ」
 わたしは迷彩用の魔法を解いて、庭に降りた。
「……やっぱりバレてましたか」
「私を誰だと思ってる」
「見くびったつもりはなかったんですけどね」
 シグナムはシャマルのほうに視線を送り、言った。
「お前が仕組んだんだろう?」
「……テスタロッサちゃんにシグナムの素直な言葉を聞いてもらおうと思って」
「それで『そってしておく』、か」
「『目に見えない優しさ』には違いないでしょ?」
 シャマルはシグナムにウインクを送った。
 シグナムは、まったく……と呟きながら私に向かい直る。
「その、なんだ。心配かけてすまなかった」
「え、いや、それはこっちのセリフです」

 少し気まずい空気が流れる。

「……いつからそこにいた?」
「一時間前くらいから」
 わたしの言葉を聞いて、シグナムは微妙な表情を見せた。
「寒かっただろう」
「あはは……ちょっとだけ」
 一応コートは着ていたが、やっぱり深夜は寒かった。
「とりあえず、寒かったのならホットミルクでも飲まない? 二人の話はそれからでも」
 いつの間にか家に入っていたシャマルが、窓から手招きする。
「飲むか?」
「できれば頂きたいです」
 シグナムはうむ、と頷いて窓に向かって歩き出して。

 ひとことだけ呟いた。

「今日は、長い夜になりそうだ」

 わたしも、ひとことだけ呟いた。

「まったくです」

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